ちりゅろぐ

散歩の記録

#15. 国府台~里見公園

ようやく里見公園に入る。

里見公園はかつては国府台城として栄え、寺の敷地になったり戦前は軍事施設があったり遊園地があったり、そして戦後は公園として今に至る。

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羅漢の井は弘法大師が掘り当てたという伝承もある由緒正しい井戸。
天保5年の絵図にも記載されている。

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でも飲むことはできない。

 

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こうしてみるといたって普通に城址を整備した公園であることが分かる。

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こういうのが何か所かある。建物の跡だろうか。

 

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公園からは江戸川の先にある都心を眺めることができる。

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あまり鮮明には見えなかったが、スカイツリーを写真に収めることが出来た。

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天気がいいとこのように見えるらしい。今度は是非かつしかハープ橋も写したい。

 

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石碑が立っていたので解説を見てみる。

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1564年だから第二次国府台合戦。北条氏と里見氏の戦いがこの国府台を舞台に行われ、結果として里見氏は敗北するのであるが、その際に討ち死にした里見広次ならびにその他武士の霊を弔う目的で、1829年に立てられたのがこの石碑。250年以上弔われずにいたことになる。

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こちらの石もなんか謂れがあるようなので確認。

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夜泣き石伝説とのこと。

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国府台城と明確に書かれているのはこのくらい。

 

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隣には安国山 総寧寺。

江戸時代には関三刹の一つとして、関東地方の曹洞宗、ひいては全国の曹洞宗寺院を司っていた、非常に権威のある寺院だった。

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その証拠がこの下馬と書かれた石標にも示されている。
殿様もここからは馬を降りるわけだ。

 

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式正織部流茶室「竹寶亭」。織部桔梗会が管理している。

 

それにしても軍事施設の跡地だから施設が多い。松戸街道沿いに坂を下っていくことにする。

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国府台病院はもともと陸軍の衛戍病院だった場所にある。

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結構古そう。

 

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東京医科歯科大。

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国府台高校。

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和洋女子大。学校の写真を撮ると不審者なのでバス停にて。

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千葉商科大。

こうしてみると結構な集中をしている。

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松戸街道を下った先にある、国府神社。国府とは言うものの結構ビルが迫っていて鳥居が窮屈そうな感じ。

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この狭い階段を上ると本殿がある。

それだけなので写真は撮らなかった。